2010年03月04日

ついに国会初質問に挑戦!!

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【初の質問に熱が入る】

2月25日の深夜、予算委員会の国土交通分科会で初めての質問に臨んだ。当初の予定では、午前9時すぎからが、前日夜遅くに午後4時半からとなり当日は、自民党から次々と委員長解任決議案や議長不信任案などが提出され、本会議が断続的な開催となり、午後9時30分から30分間の質疑時間で初めての議論に挑んだ。

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【21:30より質問 国土交通省関係質問】

テーマは、「今後の離島の振興」だった。
地元奄美の復帰後56年間の歴史と振興をふまえながら、約2兆1000億円の振興対策が実を結んできたのかどうかの議論を通じて、全国にある400余りの人の住む島々に対して民主党政権はどの様な考え方で臨んでゆくのかを質した。

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【予算委員会第8分科会にて】

昭和29年からの累計2兆円余りというのは、現在の価値ではその倍以上の投資になる。そして、その間に人は増えたのか。生活は楽になったのか教育や医療などは便利になったのか、結果は今、私達が眼の前に見ている姿である。とりわけ、この10年間離島を含め地方の姿は痛ましい位にさびれていった。格差は拡大をし、人も金も一極に集中していった。
私達は、その事を戦いの中心に据えて選挙を戦い政権交代を果たしたのだ。私が質問の中で国交省三役に一番訴えたのは、政治が変わる事で、地方や島々に住む方々が「生活が変わった」と実感できるという事だ。

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【途中・委員長役を務める様子】

そして、その為には、これ迄のやり方の中で何が無駄だったのか。
不必要だったのか。間違いがあったのか、を検証し、公共事業を充分に実施して、それで良しというものではなく、税制や教育や物づくり(産業)の成長や、様々な面からパッケージの政策が必要だという事を訴えた。物価や交通運賃など、本土並みにする事は生活そのものを変える事につながるので緊急の課題だ。

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【初の質問は無事に終了】

どうやって、その為の資金をつくり出すのかも大切。
30分の質疑はあっという間だった。そのやり取りは残念ながらテレビ中継はないけれども、インターネットを通じ、全国の誰でも見る事ができました。
前原大臣や馬淵・辻元両副大臣も熱心に耳を傾けてくれました。300人を超える与党議員ですので、なかなかチャンスは来ないのですが、議員連盟や各種会議の中でも発言できますので、コツコツと頑張って参ります。


午前2時就寝


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2010年03月03日

ついに民主党初の予算成立

昨日 とうとう今年の予算案が衆議院で成立。
民主党を中心とした政権の初めての挑戦が来月4月から始まる事になったのだ。
1月18日に国会が召集されて以来、40日余り。
7兆円余りの補正予算と約92兆円の本予算を来る日も来る日も審議の毎日でした。


私も一年目から予算委員に任命されましたので国会議論の最先端でその質疑を見守ってきました。ほとんどの時間は野党の質疑なので結局国会の審議は野党次第という面がある。色々な事が続いた40日間だった。
鳩山総理や小沢幹事長の事件を初め、途中、長崎県知事選挙やオリンピックもありました。
朝から晩まで国民の生活の大変さや苦しみが一度も質問されずに、政治家個人を追及する日も随分ありました。


様々な人達から「国会の審議はなってないぞ!」というメールや連絡を沢山いただきました。「足の引っ張り合いじゃないか」とか「悪口の応酬は土、日にやれ」とか「もっと国民の事を議論して欲しい」という声が一番多かったと思います。私もそう思う日が多かった。
国会の議論は、議論というよりも野党が質問をして、内閣が答えるという形を取るのでなかなか与党民主党の主張をするシーンがありません。与党というのは、想像以上に専守防衛だ(日本と同じ)と思います。おそらく各大臣は、法案や予算案に込められた想いを、声を大にして訴えたいだろうにと思う事でした。本会議で説明をする時がありますが短時間であり、多くの場合それはニュース等では取り上げない事が多いので中継を見ない限り直接多くの方々が知る機会がありません。


二つの予算審議に100時間近くかけて、そのやりとりの一部始終を見ながら「情けないという思いやうんざりする気持ちになる事も少なくありませんでした。もっと語らなければならない事があるはずだ。この国の将来はここで決められるのだからー。そんな言葉をつぶやいている時もありました。


 途中、ついに自民党の皆さんは突然の審議拒否に出ました。それでも審議は粛々と続いてゆきます。それ以外の党は全て審議に参加しましたのでその間は比較的、予算そのものを議論するケースが多かった様に思います。しかし残念ながら一党でも審議拒否をしていると国会中継を行なわないという事になっているそうです。だからその間は、国民の皆さんは議論を見守る事ができないのです。


久しぶりのブログですので、長くなりました。私も2月25日に初めての国会質問に立ちました。次回はその時の模様をご報告いたします。
午前1時就寝

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2010年01月08日

元気良く始動!

1月4日の仕事初めから、全速力で活動をスタートしました。(^_^.)

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【1月4日 指宿商工会議所年始会にて】

鹿児島県庁や各市役所回りやマスコミへの挨拶などを、年始会等の会合出席の合間を縫って、行ないながら出来るだけ多くの方々に新年の展望や抱負を語らしていただいています。

1月5日 県中小企業団体中央会年始会にて
【1月5日 県中小企業団体中央会年始会にて】

テレビや新聞でも、経営のトップに立つ人達は口々に今年は反転攻勢の年であり、景気は回復基調となるという予測が多く日米両国の株式市場も3日続けての上昇と、良いニュースも続いている。

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【1月4日 県宅地建物取引業協会年始会にて】

問題は、景気の回復が、一人一人の生活にまで及んでくるのかである。
過去の政策では、それが逆に格差を作り、豊かな人は、随分豊かになり、多くの人達や地域が取り残される結果となっています。

鹿児島県の様に、最南端の地域まで、離島や半島の暮らしにまで活力が及ぶためには、民主党の初めての予算がどこまでうまく機能するかにかかっている。

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【1月4日 JA観葉植物出発式】

地域の生の声や情報を得ながら国政にいかしてゆくには、座談会や、現場視察が一番良いと思います。
どんどん連絡をいただければ有難いです。

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【1月5日 指宿市消防出発式】

今朝は、随分久しぶりに、人間ドッグにも行ってきました。
すこぶる健康であったが、民主党を取り巻く様々な状況のせいか(?_?)
胃が少々荒れ気味でした。
体調管理をしっかりとしながら頑張ります☆彡

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2010年01月01日

政治も景気も上向きに!!

奄美市合同年始会でのご挨拶
【奄美市合同年始会でのご挨拶】

1月1日 午前6時起床

新年あけましておめでとうございます。

それぞれの皆様が様々な希望や期待を抱いて新しい年を迎えられた事と思います。

私は、暖かい奄美市で新年を迎えました。

奄美市主催の合同年始会が今年最初の会合でした。

ここ25年間、いつもお正月の街頭演説を指宿で続けて参りましたので、初めての経験でした。

奄美市の経済界や政治を支えておられる方々に、新年の抱負を述べ、それぞれの方々と年始のご挨拶を交しました。

あまり似合わなかったかもしれませんが、大島紬をしっかりと身につけての参加でした。

会合が終わると、街頭に飛び出し、早速市民の方々に街頭のご挨拶をさせていただき、夕方の便で鹿児島空港へ。

今、鹿児島の事務所でこのブログに向かっています。

不景気の続く中で、今年、仕事が見つかるかどうか、心配をされながらのお正月の方々も沢山おられると思います。

年末の倒産や夜逃げ、或いは自殺など悲しい事件が起こらないようにと、政府は様々な方策を取りましたが、そうしたニュースが流れないことを祈る事でした。

今年は、明るいメッセージを沢山出す事のできる政治にしたいと思いますし、景気も元気を取り戻してゆく事にせねばとも思います。

いよいよ本格始動の新政権にとって国民に支持していただける仕事をひとつでも多く達成できる1年にしたいと思います。

私も初心を忘れる事なく、一日一日を精一杯活動してゆく事を目標に、謙虚に頑張ります。

今年もどうぞよろしくお願い致します。

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2009年12月31日

今年も本当にありがとう!

今年も本当にありがとう!

今年も無事大晦日を迎えました。

この1年間に出会った一人一人の方々に心から感謝いたします。

政権交代の日から100日余り、たった3ヶ月半なのに随分多くの事を学びました。

政権の運営しながら政策を立てて、予算を組んでゆく事の責任の重さや難しさを多くの民主党議員も肌身で感じています。

又、身辺の事をしっかりと管理し、政治資金や交友関係を含めて、いつも気を配っておかなければないません。

マスコミや多くの国民はせっかちだと感ずる事も少なくありません。
じっくりと腰を据えて結論を出したい時も議論したい事も答えをせかされて、議論すらままならない時もあります。

私達は、4年間かけて、この国の政治の様々な仕組みを変えてゆこうと訴えてきました。
是非、来年4月から始まる民主党の予算や政治を見て、何が変わったのか感じて欲しいと思います。

しかし、社会では毎日毎日、様々な出来事が起こります。

時には、予想をできない事態も起こり、次々に柔軟な政治で対応する必要もあります。

毎日の活動の積み重ねですぐに結果を求められるものもあれば、長い目で目標を持って実現に向かってゆく活動もあります。

目の前の事ばかりに振り回されず、この国の目指す姿や政治のあり方をしっかりと見据えて頑張ろうと思います。

皆さん、来年はもっと良い年であります様に!
今年よりももっともっと笑顔の多い年であります様!

応援をいただいた方、激励をいただいた方、
叱っていただいた方・・・・・等々。

全ての皆様に感謝の想いを捧げて、今年最後のメッセージにいたします。

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2009年12月06日

国会を終えて

12月4日で初の臨時国会が終わった。

約40日間の会期で国会としては短い方だったようだが、初めての私にとっては随分、濃い日々だっだ。

毎日の様に訪ねて来られる陳情の皆さんの話を聞く事。

毎日地元から送られて来るニュースや活動の報告をチェックする事。

次々に開催される各省の政策会議や委員会主催の研究会に出席し、意見を述べたり情報を集める事。

10月23日財務省政策会議にて
【10月23日財務省政策会議にて】

その合い間を縫って開催される議員連盟や勉強会への出席、国会対策委員会や代議士会、そして有名になった新人研修会等々。

青少年問題特別委員会に所属しています
【青少年問題特別委員会に所属しています】

日々の会合の多さには目をみはるものがある。それらを追いかけているだけでは、議員としては充分ではない。

その合い間に様々な方々に会い、人脈を拡げていく。又、自分の目標として掲げている政策を実現する為に関係の各省庁の担当者らとの情報交換やどういった方法でその政策を実現してゆくのかを研究し、仲間を作り、党や省や政府に働きかけ、動かしてゆくのです。

ほぼ毎日の様にあと5時間ぐらい足りないと感じながら、週末になると選挙区に戻り、可能な限り多くの集会をこなし、又、国政報告会や語る会を開催してゆく。又、感じた事をブログに書いたり、色々な方法で広報できるものを作る。

地元の方々との触れ合いが私の元気の源です
【地元の方々との触れ合いが私の元気の源です】

しかし、多くの方々からは「顔が見えない」、「声が聞こえない」、「何をしているかわからない」の声はたくさん届いてきます。

それでも日々、体を休める事なく動き続けてゆきます。「体だけは気をつけてね!」という優しい言葉をかけていただく方も沢山おられます。

しかし体を気遣う時間はほとんどありません。

今年もあと10日欲しい。

そしたら年内の仕事もひと息なのにと思う時もあります。

たまには、人間ドッグも受けたいと思いますが受ける時間が作れません。

あれっ!! いつの間にか国会の感想がグチッぽくなってしまいました。

あっという間の40日間でした。

次の国会は年明けになります。それまでの間にどれだけ多くの方々に会い、意見を伺い、声を集める事が出来るかが勝負です。

頑張り続けるのです。
午後10時30分

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2009年12月01日

「島の振興議員連盟」ついに発足!!

今朝、早朝8時から、ついに念願の「島の振興」を徹底支援する為の議員63名をもって議員連盟が発足しました。

この1ヶ月、この連盟づくりに何度か役員会や打ち合わせに奔走し、昨夜遅くまで資料づくりや準備に追われていました。

今、全国には人の住んでいる島が412もあります。そこに住む人達の生活や産業を本当に変えられるものを作りたいと願いながら活動して参りました。

島の数日本一の長崎県から高木義明代議士を会長に選出し、小笠原諸島や伊豆諸島から選出されている松原仁代議士が幹事長、そして不肖私が事務局長という大役をいただきました。人の住む島の数日本一の鹿児島県からの選出でした。

左から二人目が高木義明代議士、三人目松原仁代議士です。
【左から二人目が高木義明代議士、三人目松原仁代議士です。】

物価高や、様々な税金、航空や船便等の交通、インフラの整備や医療・教育、情報など多くの課題を抱える中で、先ず私達が目指すのは揮発油税(ガソリン税)の減免を実現する事です。

総会では、その事が決議され、直ちに、本日昼すぎには、小沢幹事長に対し、この実現の為の要望書を63名の国会議員の名前をもって提出いたしました。

午後、予算編成の中で、政府税制調査会を中心に、各政策会議や質問研究会等の様々な場所で意見を述べてゆかねばなりません。

可能な限り早く実現をして、島に暮らす方々に、少しでも安いガソリンや軽油を手に入れていただける様頑張ります。

”事務局長”という大役をいただきました。
【”事務局長”という大役をいただきました。】

それから、もうひとつ、先程、日比谷公会堂の大ホールにて、全国私学振興大会の席上、生まれて初めて、あの有名な公会堂の壇上にてご挨拶の演説をさせていただきました。

気分は最高!!

ただカメラを忘れて皆さんに雄姿を伝える事はできませんでした。

延長国会 頑張ってます。

PM4時 打越あかし

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2009年11月26日

刷新会議の現場から

昨日のブログの続きです。

あれから真っすぐに、市ヶ谷の印刷局の体育館に向かいました。

義務教育費がどう使われ、今後の負担のあり方や無駄や不足があるのかの議論を見守るためだ。

会場は普通の街並みの中に建っているどこにでもある体育館を使っている。理由は無駄を議論する場所に無駄な税金を使うわけにはいかないという事で、一番安い場所を選んだという事だ。

会場入口にも大きく「刷新会議事業仕分け会場」と書いてあるが、全てがただの紙に手書き。

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会場内も3つのWG(ワーキング・グループ)ごとに、仕切られ小中学校のバザーの会場と変わらない程度の設置だ。違うのは、議論を聴きに来ている人達の熱気やおびただしい数のテレビカメラである。
民放やNHK等の普通のメディアだけではなく、インターネットでの生中継や様々な形で発信している。

この国の予算編成への議論を全てオープンにして、沢山の方々が直接みつめる中で行なっている姿は、なる程な、緊張感が漂っている。私も混み合う会場の入口でもらったビニール袋に靴を入れ、第3グループのすぐ脇に陣取って、1兆円をはるかに超える「義務教育国庫負担」の議論に聞き入った。

いくら先生の数を増やしても、現場の先生が忙しすぎる事。

文科省や各教育委員会から求められる報告書やアンケート等の事務作業が多すぎて、本業である子ども達と向き合う時間が短くなっている事。

文科省ー県教委ー市町村教委ー現場である学校と4階建ての仕組みが本当に必要なのか。

義務教育費を地方が3分の2、国が3分の1を負担するのはおかしいのではないか。

結局地方分の3分の2をあとで交付税として渡すのであれば、初めから国が全額負担の方がよいのではないか。等々

約90分間で1兆数千億円の予算のあり方を議論するのだから、かなり、やりとりする方々の準備や余計な事を言わないコンパクトで的確なやりとりが必要である。

今回は約3000程度ある国の事業から、400余りの事業を仕分けるとのことだが、同じ事は地方の行政においても挑戦してみた方が良いし、多分民間会社では既に呼び方が違うけれども様々に実施しているのではないかと思う。

国政において、今まで一度もオープンにされなかったのは何故だろうか。

一方で私自身も様々な法律や制度の根幹をよく知り、税金の使い方についての考え方、無駄とは何かなど、いつでも自分で判断できる様にならねばと反省をする一日でもあった。

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2009年11月25日

国会空転?

今週は、連休明けの朝一番に上京したのですが、国会は空転、ようやく今日から各委員会が再開しました。

世の中では、例の金融円滑化法案(通称:貸し渋り貸しはがし対策法案)を民主が強行採決したからという事になっていますが、現場にいる私達の感覚では野党の自民党や公明党がさっぱり委員会に出てこないという状況です。いわゆる審議拒否です。

どうやら郵政の株式売却を凍結する法案までゆくと、内部分裂が起きるので出来る限り時間を消化して今度の国会で取り扱えない様にしたいというのが本音では?という噂が聞こえ始めたら新聞にもその事が報道されていました。

一方で、刷新会議が主催をする「事業仕分け」はどんどん進んでいます。

ひとつひとつの事業が議論され「廃止」とか「縮減」という厳しい結果が出ますと関係のある方々から一斉に抗議や意見のメールが届いています。

又、この時期に上京される方々は、とにかく「この予算だけは切らないで!」という話を必死になって訴えてきます。

これ迄の予算の編成の方法が目に浮かぶ気がします。

批判的な方々の意見は「実情を知らないから」「素人に何がわかるか」という声が一番多いです。利害関係者や予算の恩恵に沿さない方々の意見だからある意味では貴重だとも思います。

多くの有権者や納税者は素人です。しかしそうした方々が払っている税金で事業を行うのですから、素人の方々が説明を受けて「なるほど!」と納得しなければ、気持ち良く税金を払う筈がありません。

ですから、今回の「事業仕分け」は、一見非常に厳し過ぎたり、冷たかったりと感じる方々(特に関係者には)がおられると思いますが、最後は、現場の状況や、政治家の判断で決定するにせよそれぞれの事業の税の使い方が一般の方々には、どう写るのかの意見や声を集める事は大切な事だと思います。何しろ見たい人が全員見てる所でする議論ですから取り引きも嘘も全部バレますので。

その結果、税を使う方々や予算をつける方々が1円でも大切に、無駄なく、出来るだけ効果の高い予算を使える様な時代に変わってくれる事が一番大切だと思っています。

今から事業仕分けに行って参ります。

義務教育費の国庫負担についての仕分けについて立ち合いたいのです。

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2009年11月16日

しほちゃんは天国へ

残念なお知らせです。

11月3日付けのブログで紹介したしほちゃんが今日の午後2時前に短い人生を終えてしまいました。

実は、今日上京をしてきて、昼頃から公務の合い間を縫って、どうしてもしほちゃんのお見舞いに行きたくて、丁度、この時間にタクシーに乗って東京女子医大病院に向かっていたのです。

胸のポケットには、わずかなカンパを準備していました。その頃、私の秘書の方から、今しがた内山しほちゃんが息を引きとったとの連絡が入りました。

その10分後には、今までしほちゃんが病気と闘っていた病院の前に立っていました。

随分と迷いましたが、しほちゃんがいるICUの控室を訪ねると、涙の止まらないお母さんが一人で座っていました。

「残念無念です」との言葉をしぼり出す様に話すのが精一杯でした。

ご主人は、支援の輪が沖縄にも拡がり、沖縄での記者会見の為に、丁度着いた頃だとのことでした。

既に多くの善意が集まりつつあったとの事。

どうしても元気なうちに会いたいものでした。

神様は、小さな命をこの世にわずかな期間だけ送り込んだのです。

ご協力をいただいた皆さん、本当にありがとう!!


しほちゃんの短か過ぎた人生に合掌
打越あかし

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2009年11月13日

天皇陛下ご即位20年記念式典に参加して

昨日の午後2時、国立劇場に全国から集まった人々約1000名が静かに式典の開始を待っていた。

私は2階席中央の2列目で正面舞台を見渡す事ができる席に着席していた。目の前の席には東京都知事や橋本大阪府知事らが陣取っている。

鳩山総理が先導をつとめながら、両陛下がご入場、全員が起立をしてお迎えをし会場の空気もさらにおごそかな空気が張りつめる。

総理の開会の辞に次ぎ衆議院議長のお祝いの言葉が続く。横路(よこみち)議長の祝辞が終わった瞬間、静けさを破る拍手が「パチパチ」と広い会場に鳴り響き全員が一瞬、ハッとした。 その拍手の人は天皇陛下その方であった。あわてて皆さんの拍手も続いた。

その後、お祝いの言葉や演奏が続き、歌の紹介になる。サンテグジュ・ぺリの「星の王子様」の翻訳者の内藤さん(故人)と親交のあった皇后陛下が、詞を作り、曲をつけていただけないかと預けておいたものが、40年のときを経て披露される事になったと紹介をされる。「星の王子様に」という曲であった。

最後に天皇陛下のお言葉を賜わる。

この20年間、支えてくれた国民への感謝のお言葉に始まり神戸や新潟の震災に倒れた人達やそれを支えた人達へのお見舞いやねぎらいのお言葉、そして、20年前の即位礼での多くの祝福が今日までの心の支えであった事や、いつの時もご自身のあり方やその努めを考え続けていた事等を陛下自身のお言葉で静かに話されました。

私は、流れる涙を押さえられませんでした。たまたま、この時に国会に議席をいただいたという幸運だけで、この式典への招待をいただきました。多くの方々の代表だという気持ちで全身を耳にして「お言葉」を聞かせていただいた。

その後、皇居前の広場では、随分寒い天候の中3万人を超える皆さんの祝賀行事が続けられ、都内は一日中渋滞する車が動かない様子だった。

全国でも多くの会場でこの様子が伝えられ、私の家内なども鹿児島の会場で参加をさせていただいたと後で聞かされました。

良い国をつくりたい。良い社会をつくりたい。

心の底から願う1日でした。

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2009年11月12日

現地を歩く!

昨日は、急きょ、種子島に農林水産省の郡司副大臣が視察に入るという報をいただき、私も随行視察をする事とし、東京での日程をキャンセルした。

午前5時30分起床。6時すぎに議員会館に入り、資料等の出張準備をし、羽田空港へ。

7時30分空港。既に郡司副大臣は到着されておりここで鹿児島の様子を説明させていただき、記念写真をパチリ。

空港での郡司副大臣とのツーショット
【空港での郡司副大臣とのツーショット】

午前8時発鹿児島行で鹿児島空港に10時前着。10時30分発の飛行機で11時に種子島空港着。

早速、九州農政局長や農政部長らと合流し、キビ畑とサツマイモ畑を視察。農家からも現場で直接話を聞かせていただく。

圃場(ほじょう)視察

【圃場(ほじょう)視察】

今回の視察は今月末までの期限が迫ったサトウキビ・でん粉用サツマイモの買入れ価格(交付金)を決めるために現場の声をということで設定されたものだ。もう1人の山田副大臣は同時刻に沖縄へ飛び、政務官は北海道へと飛んでいた。

昼食をはさんで、午後からは、製糖工場(新光糖業)や澱粉工場をそれぞれ視察をして、生産者代表を中心とする関係者との意見交換会に臨んだ。

製糖工場の視察
【製糖工場の視察】

意見交換会
【意見交換会】

意見交換会では、離島における農業の現状や農家の暮らし、農業集落の状況などが、切々と訴えられ、副大臣も丁寧に答えられていた。

又、民主党の他の農業政策にも不安を訴える方もおり、改めて副大臣から民主党は食料自給率や農業・農村の役割を充分に重視した政策を進めてゆく事を熱心に話され出席者の方々も安堵している様子だった。

終了後ただちに記者会見 が行なわれ、今日(11月12日)の地元紙の8面にも小規模特例農家の救済が報道されています。

記者会見
【記者会見】

農水省の職員の間でも種子島の「安納イモ」についての評判は高く郡司副大臣は、お土産にと「安納イモ」を必死で探している様子でした。

同日午後6時、種子島をあとにして、鹿児島発7時45分の便で、羽田到着は午後10時前、宿舎に帰宅したのが、午後11時丁度でした。

私も同行しながら、随時地元の実情を語り、南薩ではイモ生産、奄美ではサトウキビがいかに地域の経済の大黒柱になっているかという事を理解していただいたと思います。
午前0時30分
充実した想いで就寝

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2009年11月03日

「しほの生命を守る会」をご存知ですか?

先週、一通のメールが沖永良部島から届きました。

小学校1年生の内山詩穂ちゃんという女の子が、心臓に数少ない病名をもつ病気が発見され、治療を続けたが、主治医の先生によると結局移植以外に命を救う方法がなくなったそうです。

そこで家族やその仲間達が、この子の命を救う為に今、活動が始まっています。

1億円を超えるお金が必要であり、その金額の大きさに皆さん驚いたけれども絶望するわけにはいかない。

この命をあきらめるわけにはいかない。

とにかくできる事をやり始めようというメールだった。

このブログを読んでいただいた皆さん是非、「しほの命を守る会」のH.P.にアクセスしてみて下さい!

願わくば小さな命を救う為のご協力を御願いします。


「しほの生命(いのち)を守る会」
ホームページアドレス http:saveshiho.synapse-blog.jp/
代表 佐藤洋子(敬称略)

打越あかし

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2009年11月02日

論戦の火ぶたが切られる

いよいよ今日2日から予算委員会が始まった。夕べの最終便で上京し遅い時間に宿舎に着いたが、朝は6時前に目が覚めて思わずラジオ体操をする位気合いもはいっていた。

7時すぎに議員会館に入り、まだ誰も来ていない部屋で朝の野菜ジュースを飲みほして、国会へとむかう。8時すぎに民主党予算委員会のメンバーによる打ち合わせを済ませると、早々に第1委員会室に入ると、既にNHKをはじめ各社のテレビカメラが今や遅しと待ち構えている。鳩山総理以下続々と閣僚が席に着くといよいよ予算委員会開会。

本会議場前にて
(本会議場前にて)

私の席は、質問席のすぐ後ろでカメラの真ん中に捉えられる場所になる。午前中は与党3党が次々に質問し、午後からは下野した自民党の登場だ。大島幹事長を皮切りに次々に元閣僚や元幹事長の質問が続く。

加藤紘一議員のやりとりは、他の方々とは違い、政治の理念や哲学を語り始めた。「友愛」とは何なのか「無駄」とは何かを問い始めた。

ようやく政治家同士のやりとりにふさわしい議論になる。

それぞれの議員の質問は、これからの私の活動にとっても勉強になる。細かい所をチクチクとやりとりする方や自分の考えを訴えるものなど、様々なタイプがある。

結局午前9時に開会し、午後5時30分まで、7時間30分に及ぶ委員会が終わる。私は集中力を切らさない為に2つの方法をとった。ひとつは、こまめにメモを取りながら聞く事と、朝食や昼食を何もとらずに腹ペコのまま出席をしました。夕刻ようやく立ち喰いうどんを食べながらひと息ついた。

テレビの画面を見た方々からは「頑張れ!」のメールもありましたが、「頭をかいていた」とか「ひじをつくな!」とか、なかなか細かい所をチェックした電話やメールもいただきました。

結局今日の議論は、新しく始めようとする政治とこれ迄の政治がぶつかり、それぞれの良い所や悪かった所不安な所など随所に考えさせる議論も多かった。

又、4日も丸一日の議論が続きます。

集中力を切らさない様、頑張ります。

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2009年10月26日

私の1日~10月26日の場合~

今日、臨時国会が召集されました。

目まぐるしい1日でした。

皆さんに今日の活動をそのまま伝えてみたいと思います。

昨日(25日)の東京行最終便で羽田に9時半頃到着。モノレールやJRを乗り継ぎ、10時半頃宿舎に入り、翌日のスケジュール等を確認しながら、12時に就寝。

今朝は6時30分起床。先ずは、議員会館に徒歩で出勤です。約15分位で部屋に入れます。8時から金融庁の政策会議がスタートですが、政策秘書の方に向かってもらい私は、8時30分からの国会対策委員会に出席。これは、1年生議員全員が義務付けられているもので、早く国会の運営や仕組みを学んでもらう為に今回から始められた方法の様です。小沢幹事長の「新人教育」のプログラムの一環だと思います。

財務省政策会議
(財務省政策会議)

民主党の1年生議員は143人で、民主党と共に行動する2人の無所属を加えて145人が鍛えられています。一度に話をする事も難しい為、10の班を作りそれぞれが、14~15人のグループを作って先輩の議員(各委員会の副委員長)が2人ずつ、各班に入って、いろいろな事を教える仕事をしていただいています。

ちなみに私は、5班に配属され、担当は、北海道の松木代議士と群馬の石関代議士です。国対の会議のあと、班別になっての意見交換や研修が続きます。

午前11時より、代議士会開会。民主党の全ての代議士が出席し、本会議やなどの運営や内容について詳しく報告などがあります。

場所を移して11時30分から両院議員総会開会。民主党の衆・参両院の議員約430名が集まりました。前日の参院補欠選で当選したお二人の紹介や党役員の発表、そして鳩山総理・小沢幹事長のご挨拶などがあります。

その後直ちに12時から本会議が開会。約5分で一時休けい。12時10分から青少年問題に関する特別委員会が開会。約5分で終了します。ここまでは国会内。駆け足で移動をし、すでに始まっている九州ブロック選出国会議員団会議出席、12時30分終了。約10分間でカレーライスを食べて、参議院本会議場へ。

午後1時陛下をお迎えして、国会開会式に臨む。約10分間で終了して、議員会館の自室に戻り、来客や書類に目を通す。その間15分間。秘書とスケジュールを確認の上、再び国会へ。

午後2時国会再開。そして、鳩山首相による初めての所信表明演説が力強く行なわれました。所要時間は約50分。その感想については地元紙(10/27日付)にも掲載されていますが、わかり易く熱意のこもるものでした。

終了後、マスコミの方々の取材を受けて、次は勉強会に出席。講師は、あの大橋巨泉氏です。彼は、かつて民主党の議員をつとめた頃もあり、現在の日本の政治と、二大政党制のあり方について自由闊達に楽しく話してくれました。意見交換も弾んで60分の予定は大きくオーバー。キーワードは、「大きな政府」か「小さな政府」をブレずに主張して実行してゆく事だと主張。各国の政治と比較して随分興味深い話がきけました。

部屋に帰ると午後5時10分。20分間の間に霧島市の市長をはじめ、面会の皆さんとお会いをして、急ぎ「新人議員の歓迎会」の開催されるホテルに向かう。その後鳩山首相や小沢幹事長も続々と到着し、当選後初めての新人議員を中心とした懇親会が始まる。何しろ、150名以上の議員なので誰が誰だかわからぬままに、沢山の議員と名刺交換や今後の取り組みなど話していたら、半分も話せないうちに8時には終了。

ようやく解放されたが、電話には着信が随分たまっていて、それぞれ、用件を確認しながら家路に着く。

途中、大好きなサウナに入浴し、帰宅は10時。読みかけの中央公論や文芸春秋などに目を通し、気がつけば今日が終わっていました。

こんな毎日がほとんどです。 頑張ってます。

明日も早いぞ。 就寝12時30分。

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2009年10月14日

テレビも時には間違います!

H21.10.14. 午前6時起床

今、毎日を超大忙しで動いています。

その中で10月13日TBS系の全国放送で私が民主党の「新人研修会」で欠席になっていたとの報道があり、応援をしている方々達から、お叱りの声や心配をする連絡が多数ありました。きっとブログの読者の中にもテレビを見たり、人から聞いた方もおられるかもしれません。

ご心配なく!! 私はサボっていません。

実は、選挙後、初めての徳之島や沖永良部の訪問をこの10月12日から13日にかけて計画をしておりました所、急々に、13、14日の両日に研修があるので上京せよとの指示があり、急きょ、沖永良部行きを延期する事になりました。現地の方からは「残念だ」という声と「1日も早く来い!」という声が沢山ありましたが、大巾に予定変更をしました。

結局、10月11日に、指宿地区を中心に9ヶ所の地域の運動会を激励と御礼に駆け回り、夕方の鹿児島港からの船に飛び乗り徳之島に向かったのです。翌日の徳之島の今年最後の「全島一」を決める闘牛大会決勝に間に合う為には船しか方法がないのです。

正面に背広を着て座っているのが分かりますか?
(正面に背広を着て座っているのが分かりますか?)

12日の朝、船が着くと同時に伊仙闘牛場に直接駆けつけてその後、徳之島三町で作る「航空路対策協議会」や「徳之島の将来を考える会」などの団体とそれぞれ徳之島の現在抱えている様々な問題の意見交換会や陳情・要望を聞かせていただき、夕刻からは三町合同の激励会に出席をしたのです。

「空路対策協議会」-徳之島の皆様からの要望を受ける-
(「空路対策協議会」-徳之島の皆様からの要望を受ける-)

本当にご心配をお掛け致しました。
(本当にご心配をお掛け致しました。)

翌朝は、亀津の交差点で恒例の早朝の辻立ちをした後、第1便で奄美大島へ飛び、すぐに乗り換えて鹿児島へ飛び、さらに乗り換えて東京へと一路向かいました。

便の乗り継ぎはまことに不便で利用者にとっては、3回飛行機に乗る間、つくづくと離島便は利用客への配慮が足りないと感じました。

羽田に3時10分に到着。その足で、国会の手配していただいた車で研修会へと直行しました。研修会は3時からでしたが私が到着したのは3時35分でした。もちろん事前に党本部に飛行機のスケジュールも全て届け出て了解済みであった事は言うまでもありません。

どうやらその頃、事情を全くしらなかったカメラマンが、あの様な映像を全国にお届けしたようです。

翌日、事情を知った複数のテレビ局から「打越さんは大変な1日だったんですね」と申し訳なかったとのお話もありましたが、もう遅かったです。

皆さん、テレビの放送も時々、早とちりをするのです。


*私は、早朝から深夜まで元気で走りまわっています。1番大切にしていることは、現場の声を聞くこ
とです。ちなみに今日(10月14日)は、もう鹿児島の会議に出席する為に帰郷をして今、自宅でこの
ブログを書いています。しっかり働いていますよ。ご安心下さい! 深夜 零時30分

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2009年10月05日

住む所が決まりました。

人に会うたびに心配をかけ続けていました東京での宿舎が決まりました!!

「朝ズバッ!」や地元新聞で「住む所が決まらない」という事が報道されて以来、地元の挨拶回りでお会いする方々は先ず「住む所は見つかりましたか?」というのが挨拶代わりの様になってしまいました。やっぱり、テレビと新聞はスゴイなあと感じる。

ついに宿舎が決まり、10月1日にお引っ越しをいたしました。

あの、あまり評判の良くない赤坂宿舎に住む事になりました。私の方は議員活動があるのでカミさんが上京して部屋の掃除や準備をしてくれました。

どうせ、男1人の単身赴任なので、蒲団とテレビと、最小限度の調理道具だけのつつましい引越しでした。翌日からは地元活動の為、まだ、一泊しかしていませんが、カミさんに、掃除の方法やゴミの捨て方、洗濯物の扱い方などを、ひと晩、みっちりと教えてもらい来週からの一人暮らしに挑戦です。

部屋は、洋間が2つと和室が一部屋で、台所やお風呂もついています。部屋はひとつしか使わないので(掃除の手間をかけない為)あとは、空き室です。どうぞ、上京の際は泊まりに来ても結構です。そのかわり、何か手料理でも作ってくれれば最高です。妙齢の女性は入室禁止とさせていただきます。

大学以来の30年振りの一人暮らしに不安かかえながら頑張ってみます。

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2009年10月04日

初の陳情団来たる!

10月1日から2日間の日程で、指宿市や南九州市を中心で作る開発期成会や民間の団体で作る国道226号整備促進協議会の皆さんが地元の実情を訴える為に上京してきました。



その陳情先や日程のセッティングを従来は、与党の選出議員が行なう事になっており、今回は、私に白羽の矢が立った。

初めての任務なので随分早く準備に取りかかり、国土交通省や鹿児島県の東京事務所と、何度も打ち合せを行い、今、超多忙で動いている前原国土交通大臣の日程を軸にスケジュールの調整と内容のある意見交換のセッティングに奔走した。

やっと出来あがったと思ったら、首相官邸での緊急会議が入ってきて、又やり直しといった具合の作業が繰り返され、結局、前日の夕方の最終スケジュールが固まった時点で大臣や副大臣、次官や局長には、念押しの為直接電話を入れ、くれぐれも充分に話を聞いていただく様頼み込んで本番を待った。

当日は、先ず前原大臣と直接会っていただき馬淵副大臣や谷口次官、金井道路局長など、要望に関する全ての関係者と陳情内容の中心である国道226号線の重要性を訴えることが出来ました。

その後、県選出の松下経済産業副大臣や議会のトップである川内国土交通委員長にも懇談の場をも設ける事も出来て、鹿児島から上京した方々には、満足できる活動だったのではと、ホッとしています。

もちろん、この活動は、私自身が県議時代十数年続けてきた事だけに思い入れも強く薩摩半島の大動脈をしっかりと完成させるべく、私自身も頑張らねばと思っています。

印象に残るのは、前原大臣いわく、「こうして何度も東京に来なくとも必要な道路を地元の皆さんが作れる時代にしたいものですね」

私も、沢山の方々が、霞ヶ関に遠くからやって来て頭を下げ、陳情を繰り返す事をやめられる方法が一番必要だとも感じています。

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2009年09月27日

初めての国会 Part3

9月18日、2回目の本会議が開催される予定で代議士会に出席。

各常任委員会や特別委員会の委員長の選任や、それぞれの議員の委員会への振り分けが主な議題だが、いっこうに始まる気配がなく皆さん手持ち不沙汰で待機をしている。

どうやら、外務委員長の選任で委員長候補の鈴木宗男さん(あの有名な)の起用に自民党が難色を示し、その取り扱いをめぐって揉めている様子だ。

1時間以上遅れて本会議開会。私は、総務委員会と予算委員会の委員という事で振り分けてあるが実際の委員会への配属は、希望を出した上で次の臨時国会で正式に決定するという事だ。

議会が終わると、ひと息つく暇もなく開会式だ。

開会式が、終わりの方であるのは不思議だが天皇陛下が国会にお越しになり、直接のお言葉を賜われる式典だ。

国会議事堂の前の広場で、正門から来られる陛下をお迎えする為に議員一同が整列をして待つ。議事堂に向かって左側に与党、右側には野党が並んで迎えるのが慣例だそうだ。

午後2時45分。まさに1秒も間違いのない時間で陛下が到着。全員がそのまま参議院議院の本会議上へ移動をし、ここで開会式が開かれる。

陛下が来られるのは参議院の方だというのは、かつての貴族院時代からの事らしいと皆さんが話している。

午後3時から開会式。江田参議院議長の先導で入場。直接、今回の選挙で選ばれた代表として内外の諸問題に対し、充分に活動してゆく事を願っておられる旨の「お言葉」を賜わり、背すじを伸ばし頭を垂れて聞き入りました。その後は今度は衆議院議長の先導で退席をされ、この間、約10分間の儀式でした。

全てが、初めて体験する事ばかりで見るもの、聞くものをしっかりと記憶に焼きつけながら、常に、その時々の感動や決意を忘れない様にという気持ちでありたいと思う事でした。

これで特別国会の主な日程は終了しあとは、残業をして、新人議員の出しておくべき様々な申請書類づくりや今後の活動の準備のために、秘書候補の方々との面接等、議院会館を出たのは、深夜11時頃でした。又、夕食を食べる時間がなかった。

ダイエットには良いけど、健康には悪いなぁと反省しながらの1日です。

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2009年09月26日

初めての国会 Part2

議員会館の部屋が決まりました。第一衆議院会館の727号室になりました。いつでも、どなたでも東京に来たら立ち寄って下さい。ただし、まだ何もありませんし、秘書や事務の方もおりません。とりあえず空っぽの部屋を、先ず仕事が出来る体制やいろいろなお客様を迎えられる状態にしなければなりません。

一緒に来ている妻やお手伝いに駆けつけていただいた先輩の奥さんにその準備を頼んだ。

その間にも次々に来訪される方々が跡をたたない。たった4日余りしか、議員会館にはいなかったが、お祝いや激励に来られる方や、今後の仕事に直接関わる方々が、次々に来訪し、その応対で目が回る。

一番最初に部屋を訪ねていただいたのは、私の母校の九州大学の総長さんだった。

もう、ただ、ただビックリでした。学生時代にも一度も会った事のない、雲の上の様な方がわざわざ来られて恐縮するばかりでした。今回の総選挙では、私の母校の大学からは、私ひとりが当選した事を聞かされ2度ビックリしました。

その後は、鹿児島県庁の出先機関や、市町村の東京事務所の方、鹿児島県庁で働いたことのある官僚の皆さんや、中学・高校のOB、政経塾の仲間、鹿児島出身の政府関係者など、とり急ぎ準備した200枚の名刺もあっという間になくなりました。その合間をぬって、本会議や会議に出席するので新人とし読んでおくべき書類や申請書・アンケートなどは、全て、夕方以降に残業しながらの仕事となりました。おかげで、ブログを書く時間もなくなりました。

16日の鳩山内閣誕生の夜は、早速、関東在住の同級生が集まって激励会を開いていただき、この4年間、心配して見守ってくれた仲間たちを中心に沢山のなつかしい顔が集まり、最高の笑顔で記念写真。マスコミ・官僚・会社員・役者等々それぞれの道を歩んでいる同級生にこれからの政治活動を支えていただく様お願いをし、結局深夜1時頃まで歓談は続いた。

テレビや新聞の力はすごいと思いました。
「みのもんたの朝ズバッ!」で宿舎が決まっていないとの報道が流れたら、すぐに「いい部屋がありますよ!」という申し出がありました。全く、私の事や鹿児島には関係のない方々でした。又、地元紙でも報道されて以来、かかって来る電話やお会いする方は、先ず「住む所は決まった?」と尋ねられました。

沢山のご心配ありがとうござました。

ようやく決まりました。民主党本部への聞き取り調査には、何処でも全く構わないので、とにかく早く決めて欲しいとだけ申しあげてきましたが、赤坂の議員宿舎に決まったとの連絡を受けました。

10月1日に引っ越しをする予定です。単身赴任になります。洗濯と掃除と食事を心配しています。健康管理を心配しています。

もう一度学生時代に戻った気持ちで練習をしなくてはと思います。

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